皆さま、新年あけましておめでとうございます。米国では、今月20日に第2次トランプ政権が発足予定で、トランプ大統領の打ち出す政策が今年の動向に大きな影響を与えると見られています。特に、関税引き上げ計画については、恩恵を受けるのは富裕層のアメリカ人に限られるとの指摘があり、米国内の所得格差がさらに拡大すると予測されています。このような状況の中で、今年最初のSeattle Watchでは、富裕層をターゲットとしたビジネスについて見ていきたいと思います。
世界不平等研究所が発表している World Inequality Report 2022によると、世界トップ10%の富裕層が持つ総資産が世界全体の75.6%を占めると伝えています。対照的に、世界の下位50%が持つ資産をすべて合わせても、世界全体の資産の2%に過ぎず、経済格差はここ10年拡大し続けています。一億総中流社会と言われた日本でも、格差は広がっています。野村総合研究所の試算(2021年)では、日本の資産1億円以上の富裕層の割合は約2.6%(139.5万世帯)で、彼らが持つ資産は全体の約15.9%、さらに、資産5億円以上の超富裕層の割合は0.2%(9万世帯)で、彼らが持つ資産は全体の約6.4%だと報告されています。 https://wir2022.wid.world/executive-summary/ https://www.nri.com/jp/news/newsrelease/20230301_1.html
最近ではこの富裕層が増加傾向にあり、世帯数や資産総額ともに増加しています。Henley&Partnersが発行した2024 USA Wealth Reportによると、米国には、投資可能な流動資産を100万ドル以上保有する約550万人の富裕層がいますが、この数字は過去10年間で62%も増加しています。日本でも、「超富裕層」と「上位富裕層」の純金融資産は現在の約690兆円から30年までに906兆円へと約31.3%増加する見通しであるとMorgan Stanleyが試算を示しています。 https://www.henleyglobal.com/publications/usa-wealth-report-2024 https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2024-05-20/SDRVHRT1UM0W00
そのため、富裕層向けビジネスに商機を見い出す企業が増えており、彼らのニーズに根差したさまざまなサービスが登場しています。
家事代行
米国の裕福な家庭向けにハウスキーパーや管理人などの人材を派遣する企業のThe Wellington Agency によると、あらゆる家事代行サービスへの需要が急増しています。コロナ前は30ドル(約4,500円)が相場だったハウスキーパーの時給は、45ドル(約7,000円)にまで上がっています。不動産管理人やスタッフ・リーダーを雇い、設備整備などのスケジュール管理を委託する家庭もあり、熟練のスタッフであれば、年収は35万ドル(約5000万円)にものぼります。家事代行企業のBritish American Household Staffingによると、2〜3人のベビーシッターをシフト制で雇う顧客が増えており、シッターたちは年収12万ドル(約1800万円)を稼いでいると言われています。また、裕福なニューヨーカーたちは、フルタイムのシェフを雇うことを好み、専属シェフの年収は、ランチとディナーの提供のみで15万ドル(約2200万円)にものぼります。 https://courrier.jp/news/archives/345985/
健康・ウェルネス
健康やウェルネスに特化したサービスを提供している企業も出てきています。例えば、Sollis Healthは、救急でのケア・コンシェルジェサービス(医療や健康管理で利用者をサポートし、個別化された体験を提供するサービス)を提供する企業で、45歳以上の場合、年間の会費は6,000ドル(約90万円)で、24時間365日の無制限の診察、オンデマンドのバーチャルケア、専門医への迅速なアクセス、オンサイトでの検査や画像診断など、多岐にわたるサービスが含まれています。また、NutriDripは、栄養およびビタミン補給のための点滴サービスを、自宅、オフィス、ホテルなどへ出張して提供をしてくれます。同社は、忙しい富裕層のニーズに合ったさまざまな種類の点滴を開発しており、体と心の回復と活性化を促進する点滴を、ライセンスを持つ医療従事者が実施してくれます。さらに、Remedy Placeは、月額 $350 から利用できるウェルネスクラブで、高気圧酸素治療、リンパ着圧スーツ、氷風呂を使用した呼吸法クラス、凍結治療などのサービスが受けることができます。さらに、The Preludeは、富裕層とハイエンドの旅行コンシェルジェのネットワークをつなぐマーケットプレイスです。同社は、旅行に年間約40万ドル(約6,300万円)を費やすような人々に対して、1万5,000ドル(約240万円)の年会費で、F1グランプリのチケットやヘリコプターによる送迎、超高級ホテルのスイートルームといった贅沢な旅行やエクスペリエンスのみを手配するサービスを提供しています。よりニッチなのはShape Up Your Pupで、ニューヨークの富裕層が飼っている犬たちを都会の喧騒を離れた自然にハイキングに連れていくサービスを提供しています。サービス料は1日250ドル(約4万円)ほどで、経験豊富なスタッフが、犬の性格やフィットネスレベルに応じてパックを編成してくれます。 https://courrier.jp/news/archives/345985/
会員制クラブ
コロナ禍でコミュニティーの感覚を育むサードプレースが失われたこと、在宅勤務が広がる中で空きオフィスが増えたことがあり、これらの空白を埋める高級会員制クラブがニューヨークで増加しています。会員制クラブの会費や提供されるサービスなどはさまざまで、例えば、Aman New Yorkは、入会金20万ドル(約3000万円)で年会費1万5,000ドル(約240万)の会員制クラブを開始し、プライベートテラス、シガ―ラウンジ、ワインルーム、統合医療プログラムを備えたスパ、ジム、ホットタブ、癌の治療のための凍結療法室まで備えています。また、Zero Bondは、年会費が約3,000ドル(約45万円)の会員制クラブで、「よく働き、よりよく遊ぶ」をモットーに、オフィススペース、レストラン、バー、ラウンジ、ライブラリーやスクリーンルームも備えられています。 https://globe.asahi.com/article/15230770 https://observer.com/list/best-new-members-only-clubs-new-york/#aman-new-york
ウェルスマネジメント
欧米ではすでに主流になっていますが、日本でも富裕層向けのウェルスマネジメント(資産管理)に商機を見い出す企業が増えています。ウェルスマネジメントは、決済や資産運用などのサービスを提供するプライベートバンキングとは異なり、資産運用、事業・資産の承継、不動産の売買や有効活用、事業のための資金調達など、サービスの範囲は多岐に渡ります。例えば、大手百貨店の高島屋は、独立系ファイナンシャルアドバイザー(IFA)であるヴァスト・キュルチュールを買収し、富裕層向けの金融事業を強化しようとしています。高島屋をはじめとする百貨店は、古くから外商というスタイルで独自の富裕層の顧客網を築いており、「知識がなくて金融機関に行くのが怖い」という顧客の声に応え、身近な百貨店として相談窓口になることを狙っています。 https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00139/091900228/
これらのサービスのほとんどが生身の人間から受けられる個別対応の対人サービスであり、贅沢品であると言えます。しかし、これらのサービスを受けられない人との格差が広がっていることも確かで、大半の人が、AIを利用した代替サービスしか利用できなくなる時代が訪れようとしています。
2025年はAIエージェント(人間の介入なしに特定のタスクを実行する自律型インテリジェントシステム)の時代になると言われています。その中で、生徒の学習を支援するAnnie AdvisorのようなチャットボットやAIセラピストであるclare&meのように、人間のチューターやセラピストを代替するサービスが出てきています。これらの自動化は、確かに人手不足を解消する技術として必要なものですが、生身の人間と直接かかわることの価値がますます貴重なものとなることも意味しています。
ジョンズ・ホプキンス大学の研究専任教授であるAllison Pugh氏は、AI(機械)の導入がもたらす人間関係の喪失を懸念しており、「本当に高額な料金を支払える人しか人間とのかかわりがもてなくなったときに、果たして何が起きるかについては誰も議論していない。技術は人間関係の階層化を加速させており、富裕層は人とのかかわりを伴うサービスを本物の人間から受けられる一方で、それ以外の人たちは機械からそうしたサービスを受けるほかなくなるだろう。」と指摘しています。 https://www.wired.com/story/wealth-inequality-personal-service-access-artificial-intelligence/
極端な富の集中は、富裕層向けビジネスという新たな商機を生み出す一方で、一般の人々の生活の質やニーズが十分に反映されないまま放置されると、社会的不安定を引き起こす可能性があります。もちろん、富裕層に特化したビジネスに専念するのもひとつの手段ですが、富裕層だけにターゲットを絞りすぎると、マス層の消費者が感じる孤立感や疎外感が深まり、結果として企業価値を失う恐れもあります。そのため、富裕層向けビジネスの成長とマス層向けビジネスのバランスを上手く取ることが、企業の社会的責任や持続可能な成長を考慮した戦略となり、これからの企業にとって重要な課題となるのではないでしょうか?
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