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  • Hideya Tanaka

SW 206 - Paris Summer Olympics and Sport Tech

今回のSeattle Watchでは、7月末に開幕するパリ五輪でのAI活用や、アスリートのパフォーマンスやファンの観戦体験を高めるテクノロジーについて見ていきたいと思います。


 

2021年の東京五輪の記憶がまだ残っていますが、パリ五輪が今年の7月26日から開幕します。今年のオリンピックのスローガンは、Games Wide Open(広く開かれた大会)であり、パリ五輪組織委員長のTony Estanguet氏は、「パリ大会をフランスの創造性と革新的気風に合ったものにしたい。斬新で、型破りで、初めての試みが満載の大会にする。」と意気込んでいます。


オリンピックは世界的なスポーツの祭典ですが、アスリートの活躍や大会の盛り上がりの背景には、常にテクノロジーの存在があります。Webrainでは、オリンピックを支えるテクノロジーが長期的に見てムーアの法則と類似した発展の仕方を遂げているとして、冬季五輪の平昌オリンピックが開催された2018年に「Digital Olympics: New Moore’s Law for Human Performance」というレポートを発行しています。また、2022年には試合の観戦体験やファンエンゲージメントを高めるテクノロジーに焦点を当てた「Sports Technology: The Data-enabled Fan Experience」というレポートを発行するなど、定期的にスポーツに関連するテクノロジーを追いかけています。


今年のパリ五輪でも、アスリートのパフォーマンス向上、観客の視聴体験、そして大会の安全かつ効率的な運営などの多方面で、テクノロジーが活躍することが予想されています。興味深いことに、国際オリンピック委員会(IOC)は、今年4月にパリ五輪でのAI活用戦略を発表し、「有望な選手の発掘」、「トレーニング方法のパーソナル化」、「審判の公平性向上」などの領域でAIを活用する計画を明らかにしています。


  • 有望な選手の発掘:見過ごされがちな地域で有望な選手を見つけ出そうとしている。IOCは、パリ五輪の公式AIパートナーであるIntelと提携して、セネガルの5つの村を訪れて、1,000人の子どもを対象にして彼らがジャンプしたり、走ったり、レスリングをしたり、腕立てをしたりする様子をスマホのカメラで撮影した。それらの映像をもとに、跳躍力、反応速度、バイオメトリクス(走り方などの身体的特徴)などを追跡・分析することで、40人もの有望な選手を見つけることができたと報告している。

  • トレーニング方法の個別化:AIを活用することで、選手一人ひとりに最適なトレーニング方法を提案できるようになる。機械学習を駆使することで、過去のデータやさまざまな条件を考慮した個別のプランを立案することが可能になると期待されている。

  • 審判の公平性向上:従来は人間の主観で評価されがちだった競技の採点において、AIを活用することで客観性と公平性を高められると期待されている。動作の細かな解析により、より正確な点数評価が可能になる。

  • 選手のオンライン上での誹謗中傷からの保護:パリ五輪からは、メディア権所有者(MRH)の権利(放送権者が独占的にオリンピックを放映できる権利)を保護しつつ、アスリートが個人のSNSアカウントで、1投稿につき2分以内の写真や音声・動画記録を投稿することが許可される。その一方で、IOCではオンライン上でのアスリートに対する誹謗中傷などをAIで検知し、ソーシャルメディア上の攻撃的な書き込みを削除したり通報を行ったりするシステムの構築を目指している。同システムは、昨年2023年6月にシンガポールで開催されたオリンピックEスポーツウィークで試験的に導入されている。


近年のオリンピックは多くのテクノロジー企業のショーケースになっています。前述のIntelは、自社の最新プロセッサーとAIプラットフォームを駆使することで、没入型の観戦体験、エンド・ツー・エンドの8Kライブストリーミング、オリンピック・パラリンピック施設におけるユニバーサル・アクセシビリティ向上を支援すると発表しています。また、大会のテロ対策に使用されているセキュリティー分野の技術は、Videtics、Orange Business、ChapsVision、Winticsの4社が担っています。同社らは、既存のビデオ監視システムから送られてくる映像をリアルタイムで分析するアルゴリズムを使用したAIソフトウェアを開発しており、公共空間における潜在的脅威(群衆の急増、不審物武器の存在や使用など)の特定に役立てています。


パリ五輪以外のスポーツイベントでもスポーツテックへの注目度はますます高まっています。2024年のスポーツテックトレンドについて、テック系に特化した投資銀行のDrake Star PartnersのプリンシパルであるMohit Pareek氏は、「AIのアルゴリズムと技術力の向上により、ウェアラブルとパフォーマンステックが注目される分野になる。これらにより、スポーツチームはより洗練されたデータを活用し、アスリートのパフォーマンスやトレーニング方法を向上させ、怪我のリスクを減らすことができるようになるだろう。」と予測しています。


また、Scrum VenturesのマネージングディレクターであるMichael Proman氏は、「試合前と試合後にもファンを惹きつけるために、試合当日のファン体験は進化し続けるだろう。かつての試合は、観戦に行って、応援して、帰るというパーソナルでない単なる取引的な体験だった。しかし、会場がプレミアムな空間を設けたり、最新のテクノロジーや会場限定の食べ物を提供したりするにつれて、ファンは会場にできるだけ早くアクセスするために列をなすようになっており、会場の運営者は、スタジアムやアリーナをイノベーションの遊び場にすることに重点を置き続けるだろう。」と述べています。


ここでは、「アスリートやチームのパフォーマンスを高めるテクノロジー」、そして「観客体験やファンエンゲージメントを支援するテクノロジー」の2つのカテゴリーで特に興味深いスタートアップ企業を紹介したいと思います。


アスリートやチームのパフォーマンスを高めるテクノロジー


イスラエルのスタートアップ企業であるYopiは、心肺機能(酸素を供給する体の能力)を評価するために、運動中の人の汗に含まれるカリウムやその他の電解質を分析するバンド型のセンサーを開発している。ユーザーが同製品を手首に装着すると、センサーが電解質を測定し、そのデータをBluetooth経由で付属のアプリに送信する。アプリでは、高度なアルゴリズムを駆使してVO2(運動中に体が吸収して使用できる酸素の最大量)を測定する。このデータは、トレーニングプランや食事の調整に活用され、アスリートは、自分の体調に合わせたトレーニングが可能になる。


イスラエルのスタートアップ企業であるIntelliGymは、サッカーとホッケー選手の試合中における予測力、判断力、集中力を含む認知機能を高めるトレーニングシステムを開発している。同システムのビデオトレーニングは、シューティングゲームに似ており、週に2回(1回25分)を10週間以上継続することが推奨されている。同社によると、このトレーニングを受けた選手はフィールドで変化する戦況に適応し、反応するスピードが速くなり、両方のスポーツでプレースキルが30%向上したと報告している。


Orrecoは、データサイエンスとスポーツサイエンスを融合させることで、アスリートのパフォーマンスを最適化したり、回復を早めたり、選手生命をできるだけ長くさせたりするためのアナリティクスを提供している。同社は、Female Athlete Programを通じて、女性の生理学(月経周期の症状や炎症に対する運動の影響)など、女性アスリート向けの研究を主導している。これらの研究に裏打ちされたFitrWomanと呼ばれるアプリは、月経周期に合わせた毎日のトレーニングと栄養の提案をしてくれる。


Gemini Sports Analytics (https://geminisports.co/)

マイアミのスタートアップ企業であるGemini Sports Analyticsは、スポーツチーム向けのAIを搭載したクラウドベースのインサイトプラットフォームを提供している。同製品は、チームの戦術やロースター管理、選手のパフォーマンス、有望な選手の発掘に至るまで、あらゆる意思決定の改善に利用できる予測や知見を提供しており、NFLのIndianapolis Coltsや米国の大学アメフトチームが既に導入している。


観客体験やファンエンゲージメントを支援するテクノロジー


ARoundは、会場にいる観客がスマホを使って、現実のスタジアム環境に重ねられた拡張現実(AR)を体験できるプラットフォームを開発している。同製品を通じて、観客はインタラクティブなライブコンテンツ(例:会場内のファン同士で競い合えるゲーム)を楽しんだり、選手の様々なスタッツ(成績)を表示させたりすることが可能で、チームは、ファンのエンゲージメントの促進につなげることができる。2021年に設立されたARoundは、NFLのLos Angeles Rams、MLBのMinnesota Twins、そしてNBAのCleveland Cavaliersなど、米国で複数のチームとパートナーシップを結んでいる。


Edge Sound Research (https://www.edgesoundresearch.com/)

Edge Sound Researchは、スポーツ試合の放送におけるオーディオ体験を変革させるソリューションを開発している。同社のオブジェクトベースオーディオは、コート上の選手やボールの動きなどを個別の音源として扱うことが可能で、カメラアングルに合わせた無数のサウンドパースペクティブ(音響体験)を提供することで、自宅のソファーに座っていても、スタジアムの最前列の席で聞けるようなゴールやタックル、タッチダウンのリアルな音をよりダイナミックに感じることができるようになる。


nVenueは、機械学習とAIを活用したスポーツ・ベッティング・ソリューションを提供している。同社は、フィールドからのライブデータ、過去の選手やリーグのデータ、さらには会場の詳細を含む120以上のインプットを分析し、さまなざまイベントに対するベット(例:次に得点をする選手、オフェンスとディフェンスの時間)のオッズを1秒以内に生成している。NextPlayLive と呼ばれるAPIにより、スポーツベッティングオペレーターは、バスケットボール(NBA)、野球(MLB)、フットボール(NFL)、モータースポーツ(NASCAR)の試合に何千もの新しいマイクロベッティング(リアルタイムに進行している試合で発生するさまざまなプレーやイベントにベットする方法)を導入することができるため、ファンのエンゲージメント向上にも活用されている。


皆さんのビジネスは、スポーツテックの領域には直接関係がないかもしれませんが、どのような企業もこの領域から学べることは多いはずです。例えば、アスリートやチームのパフォーマンスを高めるテクノロジーは、従業員の生産性や健康を高めるための施策に転用することも可能ですし、観客体験やファンエンゲージメントを支援するテクノロジーも、自社の製品やサービスの顧客を熱狂的な支持者であるファンにしていき、ロイヤリティを高める上で大きなヒントを与えてくれるのではないでしょうか?

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